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2012年08月29日

いじめ問題は今のままじゃ変わらない

 『いじめ』問題は無くならない社会問題としてニュースで流れる日々は続きますね。特に最近では毎日のニュースで大なり小なり必ず報道されている印象があります。

 昔からいじめ問題のニュースはありますが正直いって何も変わる事がない、むしろ内容はより陰湿で深くなっている印象すらあります。 問題発生時の対応がずさんとか対応する際の仕組みの問題とか昔から言われています。 論点がずれているとは思わないのですが問題を考える上での出発点が間違っていて問題を点で捉えすぎなのではないかと思います。 もちろん考えている人は居るのでしょうがあまり耳にはしないため、ちょっと考えてみたいと思います。

以前に書いた記事に関してはいじめの問題が連日騒がれてますね。参照。

少なくする方向で考える

いじめ問題は無くならないことを前提に考えるのが妥当かと思っています。子供社会に限らず大人社会にあっても人が集団で活動をすれば必ず格差が発生していじめは生まれます。 その点を踏まえるといじめを撲滅することは難しいため抑制する過度ないじめを無くすといった方向で考えるほうが遥かに対策はしやすく実際に効果ある対策が打てるかと思います。 もちろん無くならないという固定観念もまた悪なので最終目標として撲滅は常に見据えます。

考えるべきポイント

基本としていじめ問題は子供の教育という面で多くの矛盾を抱えているという点が大人社会と違う複雑な点です。 大人社会なら罰則や評価という面で加害者にペナルティを設けて犯罪を抑止することができますし、発生すればキッチリ損を被ります。 しかし対象が子供ですので教育の範囲には悪いことをしたら叱って教えて真っ直ぐ自立させるという考えがあります。 そうなると将来の目を摘むような罰則もできませんので折り合いを付けなければなりません。

被害者側の視点に立つと彼(彼女)らは基本的に逃げ出せません。 経済的な自立をしていない以上は自分の意思で学校を変えることができないという問題があります。 もちろん親と相談して転向という選択肢はあるとは思いますが、親だから相談ができないというケースは多いと思います。 親の視点に立った場合でも経済的な問題を考えてすぐに引越しができる訳ではないでしょうし被害者が逃げることに対する不満もすぐに行動できない要因になります。


このように考えていくといじめが発生した後の対応といのが以下に難しいかという事が分かりますので基本的に防止の考えで対策を講じなければなりません。

ニュースでのコメントに違和感を感じる

ニュースではいじめ問題に対して様々なコメントが聞け、問題点や対策案といったコメントもあります違和感を感じます。 問題が発生した際に学校側が事実を隠蔽する問題とか国として対応方法とか色々言われていますが、全て問題が起こった後の話であって事件発生時の対応をどれだけ協議しても意味がないのではないかと思います。
前述したように必要なのは未然防止の考えであって問題処理のスキームではありません。 教育の場という認識を今一度考え学校の役割、親の役割、そしてそれらがどのように関わりをもって教育現場を作るかということを考えないといけません。

どのように抑制するか

学校教育の問題を関わる人間の立場で分類すると以下の4つかと思います。
  • 学校の体質の問題
  • 教員の立場の問題
  • 生徒の置かれる環境の問題
  • 保護者側の姿勢の問題
学校の組織体制などは正直よく分かりませんが要は閉鎖的な環境が改善されれば良くなる気がしますので第三者機関をうまく機能させればよいと思います。 また教員の立場という部分で共通すると思いますが隠蔽が発生するのはいじめの発覚そのものが著しく評価に影響するからでしょう。 だとするならばいじめは発生するという前提にたち、取り組みそのものを評価する仕組みにすれば良いのではと思います。 どんな取り組みをしていて大小様々ないじめ発生件数がどのように推移しているなどです。 もちろんこの点に関しても問題があり件数を不問としたとしても感情的に増えれば評価が下がるという現象の発生は予想されるので古い考えをすて新しい価値観を生み出さないといけません。

生徒に対しては学校がカウンセリングの場となればよいかと思います。 これは加害者、被害者問わずです。 親の相談できない悩みの相談場所という役割は当然担ってもらわないとならないですが加害者を発生させないように個別に生徒と話す機会は増やすべきです。 そのような場を設けることで教師は生徒の状況や雰囲気を把握できますし違和感があれば普段から気に掛けて事故が発生しないよう未然防止や解決に奔走すればよいのです。 そのためにはそのような体制で教師が勤務できるような体制作りが必要です。


最後に保護者側の姿勢ですが子供の教育には保護者側の協力が絶対不可欠です。 以前の記事でも書きましたが今の状況は学校に対して保護者の力が強すぎます。 教育に関わるという面では対等。 教育のプロという面では学校側が保護者をリードしなければならないと思います。 大人の事情で連携がうまくいかない問題はありますが例えば問題が発生したときにペナルティが親に行くとしたらどうでしょうか? 子供への罰則が難しくても親なら敷居が低くなります親に罰則が行く状況なら子供の将来への影響も少なくすみますし、罰則を恐れる(受けた)保護者はそれなりの教育を自身の子供にするはずです。 これも懸念はあります。 学校側の力が強くなりすぎる事と学校側が親に罰を与えるだけで自身は何もしない体制になってしまうかもしれないという懸念です。 これを防止するために学校を評価する基準や評価方法の再構築が必要になります。

そろそろまとめ

教育現場の問題は根が深いですね。 普通の会社とは違い複雑で閉鎖的な状況があるのだと思いますが悪い点は改善していかなけらば様々な問題の解決には至らないので少しでも前進していると思わせるようなニュースが聞ける日を期待したいですね。

ずらずらと書いてしまいましたが特に結論があるわけでもないですので読んで下さった方はありがとう御座いました。

「いじめ」は2学期からひどくなる! (一般書)
 
 


タグ:社会問題
posted by ゆう at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会的な | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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